2013年01月22日

メディア・リテラシー 井上泰浩(5)

井上泰浩「メディア・リテラシー」第2章 メディアの特質と産業構造の続きです。
前回は、電波の希少性のよる産業の保護ということと、リモコンによる視聴態度の変化の話でしたが、今回はTV局の主な収入源であるコマーシャルに関してです。
とりわけ昨今では、花王不買デモなど、如何にスポンサーがTV局に影響を行使しているか認識されているところと思います。

本章では、その重要性を再確認しましょう。

この本に関するほかの記事に関してはメディア・リテラシー-井上泰浩のタグを参照ください。
また、重要だと思う箇所のみ取り上げますが、込み入った説明や詳細に関しては用語のみを取り上げ説明を省かせていただく場合がありますので、詳しく知りたい方はこの本あるいは他のWEBサイト等を参考にしてください。

メディア・リテラシー―媒体と情報の構造学

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概要
5.コマーシャル
・テレビは、最強の広告メディアであり、広告費が最も集まるメディアである。
→日本の全広告費に占めるTVの割合は3割、2兆円に上る。

・民放テレビ局はコマーシャルの売上で収益をあげている。ただ、NHKもコマーシャルと無縁であるわけではない。

・テレビ(民放)を産業として成り立たせているコマーシャルは、単に商品の販売促進や企業イメージ向上といった本来の目的だけで理解することはできない。
→コマーシャルは流行語や社会現象を産み出し、社会状況を映し出すこともある。

3種類のCM
・コマーシャルは大きく分けて3種類ある。
→プログラム・コマーシャル、パーティシペーティング・コマーシャル(PT)、スポット・コマーシャルだ。これとは別に番組の案内コマーシャルなどがある。

・プログラム・コマーシャルは番組の提供者によるもので、電波料だけでなく番組制作費も負担する。

・PTは番組提供者ではない広告主のコマーシャルで、番組内で放送されるが番組提供の表示なしで流され、料金は番組制作費に使われない。

・スポットは番組と番組の時間帯(ステーションブレイク、ステブレ)に番組とは関係なく放送される単時間(普通は15秒)のコマーシャルメッセージだ。この場合、基本的に電波料だけだ。

・プログラム・コマーシャルは、番組制作費に使われる点が重要だ。番組制作費に使われるということは、TVの番組内容にスポンサーの意向が入り込むことは誰が考えてもわかる。
→米国のテレビはPTとスポットがほとんどだということからも、日本の特異さがわかる。

・コマーシャルの送料は、習慣放送時間の18パーセント以下と定められている。

コマーシャル料金
・コマーシャルの放送料金である電波料は放送時間帯と番組の視聴率で異なる。
→しかし、視聴率が高かったからと放送後に電波料が挙げられるわけではなく、あらかじめ決められている。

・電波料の金額の適性を推し量る基準となるのがGRP(累積視聴率)という単位だ。コマーシャルの視聴者への到達度を示す指標だ。
→スポットの1GRPは視聴率1パーセントの番組に15秒CMを流す場合だ。このように、コマーシャル料金は1会流すのにいくらかかるかではなく1GRPでいくらと決まる。
→スポンサーがわも「15秒CMをGRP500ポイント以上」と指定して発注する。

・新聞の場合、広告がたくさんあつまればページ数を増やせば良いが、テレビは1日24時間の放送時間を伸ばしようがなく、しかも、コマーシャル枠は限られている。
→視聴率戦争の背景には、こうしたコマーシャル料金体系があるのだ。

6.テレビの歴史と将来
・電波を発信することによる一般放送の歴史は、米国のNBCとCBSがテレビ放送を開始した1941年にさかのぼる。

・日本では、戦後中断されていたテレビの研究が1946年に再開した。
→NHK技術研究所が1959年3月に、テレビの公開実験を実施した。
→1953年2月1日、NHKの放送解しで日本のテレビ時代の幕が開けられた。
→1954年3月にはNHK大阪と名古屋でも放送がはじまる。しかし、テレビ受信機が高額であったため、普及が進まなかった。サラリーマンの平均手取りが1万5000円だった時代に、17インチで25万円。
・契約者の内訳では45パーセントがサービス業だった。

・実はアメリカ主導のテレビ構想が正力松太郎・読売新聞社主に持ち込まれ、現在の日本テレビがNHKよりも一歩は約開局する予定だった。
・開局が53年8月28日に遅れた。スポンサーは開局とともにつき、東芝が第一号となった。

・テレビは普及していなかったことから、人の集まる場所にテレビを設置する街頭テレビが考え出された。テレビ視聴の「街頭テレビ時代」だ。
→街頭テレビの人気はプロレス中継で決定的となる。当時から、テレビは大きな影響力を持っていた。

・街頭テレビ時代を経て、やがてテレビのある家に近所の人々が集まって視聴する「近隣テレビ時代」がやってくる。
当時は、VTRがなかったため、歌番組はもちろんドラマまですべて生放送だった。VTRが導入されたのはテレビ開局の5年後になってからだが、テープが非常に高価であまり使われることはなかった。

テレビ普及の引き金
・1959年4月1日、この日に開局したテレビ局は8社もあった。4月10日に行われる皇太子成婚パレードに回せようとしたためだ。
→NHKの受信契約は1958年5月に100万件を突破していたが、それが結婚の儀の一週間前には200万件に増え、翌年には500万件、62年には1000万件に達する。

デジタル化-50年目の大革命
・1958年にテレビ放送が始まってから50年目の2003年、デジタルかという変革が始まった。
・テレビのデジタル化はインターネットの普及と政治経済などすべての領域ですすむごローバりぜーションという視点からみていかなければならない、

・機能が拡大することによってテレビが伝える情報量と影響力がさらに強まり、いっそう強力なメディアに進化していくのだろうか。それとも、テレビやインターネットなど他メディアのとの境界線が薄れ、消滅し、テレビ、新聞、インターネットというメディアの分類方法そのものが無意味なものになるのだろうか。

・インターネットのブロードバンド化により動画の送信が可能となり、テレビの存在理由が相対的に低下していくことになりうる。
→ただ、現在インターネットを介して提供されている動画は、技術的な問題と著作権など法的な問題もあり、その質量とものに現在のテレビとは比較にならない。

双方向テレビ
・デジタル化は、リモコンや分刻みの視聴率、個人視聴率がもたらした以上の地殻変動をテレビに引き起こすかもしれない。

・第一の理由は、これまで一方向だったテレビだが、デジタル化によって双方向通信が可能になるからだ。デジタル化によって、理論上はすべての視聴者の詳細な情報を集めることができる。また、質的な視聴評価もできる。

・デジタル化によってテレビがプル型メディアになれば、これまでの視聴者ではなくなるだろう。チャンネルを変えるか、テレビのスイッチを切ることしかできなかった視聴者の立場が大転換するかもしれない。

・双方向とともに多チャンネル化が実現する。デジタル化によって1チャンネル分の電波帯域で標準放送であれば3チャンネルが放送されると見込まれている。
→この秋チャンネルで文字情報など映像や音声以外のコンテンツを発信できる。

・デジタルかの推進で最も宣伝されているのが、放送の高画質化と高音質化だ。
→しかし、デジタルで使われる電波は直進性の高いUHFであるため、「難視聴地域」がいたるところで発生する。

デジタル化の展望
・デジタル化は衛星放送で既に始まっている。BSデジタル放送に民放キー局5系列が参入したが、コマーシャル収益による経営は苦戦をし、累積赤字も巨額に膨れ上がっている。

・デジタル化についてはテレビ局側からの問題と視聴者側からの問題が残っている。
→送信設備や放送機器の切り替えに伴う放送局、特にローカル局の負担の問題がある。
→視聴者にとっては、アナログ・テレビがただの箱になってしまうことだ。

大きな流れ
コマーシャルは3種類あるが、そのうち、プログラムコマーシャルを提供するスポンサーの意向が番組制作に影響を及ぼすことは明らかである。また、電波料の金額の基準としてGPRが使われるが、これは視聴率戦争を引き起こす一因となっている。
テレビは1953年に放送が始まるが、普及のきっかけとなったは、1959年の皇太子成婚パレードであった。
また、テレビ放送から50年経った2003年にデジタル化という変革が始まった。デジタル化は視聴者とテレビ局との関係に大きな変化をあたえるだろう。

論点
コマーシャルとテレビの歴史に関する記述でした。
もっとも気になる点は以下の点でしょう。
・インターネットとテレビ
ネットワークの普及・ブロードバンド化によって本書の記述よりも、ネット上では動画の配信はスムーズになり、また双方向のやりとりも既になされている状況にあります。
やろうと思えばテレビと同じ品質の放送ができ、また、実際に行っているところもあります。
一方で、一部の動画配信以外は、テレビ放送の技術(撮影や番組構成、エフェクト、音響あるいは取材力、芸能人へのオファー力など)には到底及んでいないというのも事実でしょう。
つまり、テレビ局には蓄積されたノウハウがあり、それが、アマチュアによるネット放送との差ともなっています。
現状把握はこれくらいにして、今後のテレビとインターネットの関係はどのようになるのか。もし、インターネットでの動画配信が高品質のものを提供できるようになれば、テレビは専門の受信機があるだけのものとなってしまう。
実際に、情報をテレビや新聞ではなくインターネットから得る方も増えている。
テレビは不要になるのか、それとも、生き残りの道や意義があるのか。

今回は以上です。
*記述に誤りがあったりあるいは今回の話題にご意見のあるかたはコメント欄にてお願いいたします。また、まとめ方などに、このようにしたほうがよいなどのご意見も承ります。

posted by きょうよくん at 16:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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