2013年01月14日

日本人のための憲法原論 小室直樹(4)

小室先生の「日本人のための憲法原論」の4回目です。
前回は、議会や憲法の成立には民主主義は関係がなかったというはなしでした。
今回のタイトルは
第4章 民主主義は神様がつくった!?
です。
細かいところは割愛しますが、できるだけ大意をつかめるようにまとめていきますので読んでみてください。

過去の記事はこちらのタグを参照ください。

日本人のための憲法原論

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概要
絶対君主、あらわる
・(前回の講義から)王権をいっそう大きくしようとする王と、それに対して伝統主義で抵抗する領主、つまり貴族たちとの争いのなかで、議会や憲法というものが作られてきたわけです。
→この両者の争いの中から民主主義は生まれてくるはずはありません。なぜなら、もし王がかてば、ますます王の権力が絶大になってくるだけの話だし、逆に貴族の側がかてば、伝統主義が域を吹き返してくることになるからです。

・実際のヨーロッパ史をみてみれば、増大する王権の前に貴族の力はどんどん弱くなっていきました。
→こうして成立したのが絶対王権でした。

・フランスではルイ13世の時代になると三部会(議会)はもう開かれなくなります。もはや王は、貴族や僧侶の意見など聞く耳を持たないというわけです。

・一方イギリスでは、議会こそ存続していましたが、やはり貴族は没落し、王の権力が大きくなった。
→ヘンリー8世は愛人と再婚しようとしたが、ローマ方法クレメンス7世はそれを許しませんでした。すると、ヘンリー8世は「そんな融通の聞かない教会は必要ない」として、「国王至上法」を議会に承認させ、イギリス教会のトップに国王自身が就任します。

かくしてリヴァイアサンは生まれた
・こうした絶対王権の出現に対して、その理論的根拠を与えることになったのは、ジャン・ボダンというフランスの思想家でした。
→かれは1576年、「国家に関する6章」を著して、その中で「主権」という概念を提唱しました。
→ボダンは主権を定義して「国家の絶対にして永続的な権力である」としました。

・中世封建時代の王は、思い通りに振る舞えませんでした。ところが、ボダンによれば、主権者たる王は「絶対」なのですから、何をしようとかまわないのです。
→まず第一に主権は慣習法を無視することができる。そして、自分の望む法律を作って人々に強制することができる。すなわち「立法権」という考えが、ここから出てきます。
→中世においては、慣習のなかから「発見」される法が、絶対王権の時代になると、「つくり出すもの」になった。

・第二に主権は国家に属する人間に対して、自由に税金をかけることができる。つまり「課税権」です。
→そもそもボダンに言わせれば、国家の財産はすべて主権者の自由にしてもかまわない。

・第三に、主権は人民の生命も自由にしてよろしい。
→編集者:人民は似てくおうが焼いて食おうがかってである!ひどい王様ですね。
→このように書くと、とても過激なように見えますが、これは要するに「徴兵権」のことです。

・編集者:立法権、課税権、徴兵権・・・今の国家と変わりませんね。
→そのとおりです。まさに絶対王権の時代になって、国王は「国家」になった。近代国家の原型がこの時代に作られた。
→編集者:いよいよリヴァイアサンが誕生したというわけですね。
→そのとおり!理論においても現実においても、国家の力はモンスターになった。これがこの時代です。

十字架と聖書が怪獣退治をした?
・法を思うがままに改廃し、人民の財産や生命を自由にすることができる王の前には、ローマ教会も大貴族も歯がたたない。まさしく、リヴァイアサンのごとく無敵です。
→ところが、そのリヴァイアサンの進軍を阻むものが、思わぬところから現れた。

・リヴァイアサンのごとき絶対王権を、近代デモクラシーの国家に変えたのは誰であろう、キリスト教です。
→編集者:それは、ちょっと変でしょう。だいたい、先生はさっき「王の前には、ローマ協会も歯がたたない」とおっしゃったばかりです。
→たしかに、君のいうことは正しい。当時のローマ教会にはかつてのような権威はなくなっています。

腐敗しっぱなしだったローマ教会
・前にも述べましたが、14世紀のころから、教会は免罪符をうりつけたり、売官をおこなったり、法王が密かに女性を囲い子供をつくったりと堕落していました。
→こうした教会の堕落、変節に対する批判の声を上げて宗教改革の口火をきったのが、マルティン・ルターです。

・ルターは帝国から追放されることになるのですが、ザクセン選帝侯によって保護を受け、こののちルターの教えはドイツばかりか、ヨーロッパ各地に広まっていきます。ルターの教えを信じる人たちはやがて「プロテスタント」と呼ばれるようになりました。

・ルターの信仰はローマ教会にとっては「危険思想」でしたが、まだ絶対王権と全面対決するほどではなかった。宗教改革が、世界史全体を変えていくには、一人の天才が現れるのをまたねばならなかった。

世界史を変えた天才
・世界史を変えた、その天才とはジャン・カルヴァン。
→そのカルヴァンこそが、プロテスタンティズムの思想をさらに突き進めて、一大思想体系をつくりだした。その思想こそが、回りまわって、民主主義をもたらすことになった。

・彼は聖書を徹底的に研究し、そこに書かれていることを元に思索を深めていき、ついにひとつの結論に達した。その結論とは「予定説」なるものです。

・この予定説ですが、なんと、この思想を信じると、その人はまるごと生まれ変わってしまう。人間の内面も外面も違ってくる。そのくらいの卓効があるのが、この予定説です。

・まず内面的な効果としては、世間のどんなものも怖くなくなる。そして、外面的には、これを信じると、その人はたいへんな働き者になる。
→編集者:それは一体どんな教えなんですか。
→予定説は、キリスト教の奥義中の奥義。これをマスターしたら、あなたも立派なキリスト教通、宗教通になれます。それでは説明を始めるといたしましょう。

聖書すら読ませなかったローマ教会
・ルターやカルヴァンが現れた時代、すでに述べたようにローマ教会は法王でさえ腐敗堕落を極めていました。
→当時の聖書はギリシャ語やラテン語で書かれていたから、それを読めるのはごく少数だったという事情もあったものの、信者の目にとどかないところに隠して、読ませようとしなかったのですから、驚きです。

・では、当時の信者は何をよりどころに信仰していたか。それがいわゆる「サクラメント」と呼ばれる儀式です。
→全部で七種類の儀式を受けさえすれば天国に行くこと請け合いだというのが、坊主たちの言い分だった。サクラメントなど、聖書のどこにもかかれていない。
→ところが、当時のローマ教会は、それこそ全ヨーロッパの俊才、秀才が集まるところでしたから、サクラメントを正当化する理屈もちゃんと用意していた。
→歴代の聖人たちがたいへんな善行をほどこしてきたおかげで、教会の中には膨大な「救済財」とよばれる、目に見えない財産が積み上がっている。教会がサクラメントを行えば、信者は救済財の一部を分け与えられることになるので、聖書なんて読まなくても救われるというわけです。

宗教改革とは原点回帰だった
・こうしたローマ教会に対して批判したのが、ルター、カルヴァンでした。彼らがどんな理由から教会と衝突したかわかりますか?
→編集者:要するに、もっときちんと信仰しなさいということでしょう。形式的な儀式だとか、献金で天国にいけると思うなということですね。
→確かに、サクラメントや免罪符には反対していましたが、理由はもっと別のところにありました。

・予定説の考えによれば、そもそも人間はどんなことをしようとも、絶対救われない存在なのです。それなのに、信仰すれば救われるかのごとくいうこと自体間違っているというのです。
→編集者:それじゃあ、宗教そのものの否定でしょう。
→いいえ、そうではありません。実はこれこそが、キリスト教本来の教義。

・実のところ、ルターもまた予定説を信じていた時期があった。しかし、この予定説はあまりにも「過激思想」なので、さしものルターも途中で日和ってしまったのです。

・編集者:信じても救われないというのでは、何のための宗教なんですか。人々を救うのが宗教ではないんですか。
→そこがわからなくても無理はない。予定説の奥義をあなたに伝授してさしあげましょう。

近代価格と仏教の共通点
・仏教との比較で考える方がわかりやすい。
・仏教論理を一言で言うならば、それは因果律にあります。因果とは原因と結果。つまり「原因があるから結果がある」、この因果律の発見こそが釈迦の悟りのすべてといっても過言ではありません。

・釈迦は、この因果関係の法則をダルマ(法)と名づけました。人間の苦しみもまた、この法則に従って生まれてくるというわけです。
→では、人間が救われるにはどうしたら、よいのか。その答えもまた「ダルマ」にあります。
・第一に、今の苦しみをなくすには苦しみをもたらす原因を除こすればいい。
→その原因はどこにあるのか。これを探るには、まず宇宙を動かしているダルマを知る必要がある。
→編集者:おそろしく合理的ですね。
→この論理は正しく近代科学に通じるものです。

・この因果律の法則は、釈迦が悟前から存在していた。そして釈迦といえどもこのダルマの法則を変えることはできない。つまり、法が先にある。だから「法前仏後」なのです。

神はすべてを超越する
・さて、「法前仏後」の仏教に対して、キリスト教は「神前法後」です。つまり、神様が法をつくったと考えるのがキリスト教の教えです。聖書の教えによれば、髪こそがこの宇宙をつくり、その宇宙の法則をつくった。
→出発点からして正反対なのですから、キリスト教と仏教とでは正反対の結論がでます。つまり、人間はどんなことをしても救われることはない。
→編集者:そこがわからない。どうして、そんな結論がでるんですか。

・もし、神様が君の姿をみて「ああ、こいつはこれまで堕落した人間だと思っていたが、違ったようだ。救ってやろう。」と思ったとします。すると、神様はあなたの行動に左右されたことになりませんか。
→そもそも神様は物理法則の影響すら受けない。神はこの世のすべてを超越した存在なのです。それとおなじように、あなたが善行をつもうが何をしようが神の決断は決してうごかされない。

人間は二度死ぬ
・さて「神はあらゆることから超越している」というのがキリスト教理解の第一のポイントとすれば、二番目にしっていただきたいのは「一人の例外もなく、人間は堕落した存在である」という教義です。

・アダムとイブは、神の命令に逆らった罰として「死」が与えられることになった。連帯責任として以後生まれた人間すべてに同じ罪が与えられた。これをキリスト教では「原罪」と言います。

・読者代表として質問します。編集者君、キリスト教において、死んだ人間はどうなるのですか?
→編集者:いい人間は天国に行き、悪い人間は地獄にいく。
→正解は「どうにもならない」です。そもそも私たちが知っている死というのはキリスト教では死だと考えません、それは「仮の死」であるというのが聖書のおしえるところです。だから、死んですぐ天国にいくとか、地獄に行くということはない。

・では、人間が本当に死ぬのはいつのことか。それはやがて来るとされる「最後の審判」のときです。神様はそこで人間にたいして本当の死をあたえるというのです。これこそが本当の死、つまり永遠の死であるから、もう復活する見込みはゼロです。

ルールを変えれるのは神様だけ
・編集者:でも、一人の例外もなく救われないというのでは、キリスト教が「絶望教」に見えてきます。
→ところが、そこには例外がないわけではないのです。最後の審判において、神は一部の人たちに対して「永遠の生」を与える。これがキリスト教でいう「救済」の本質です。

・先ほど述べた通り、人間がどんなに努力してもその罪をなくすことはできません。では、なぜ救われる人がいるか。それは、人間が努力したからではなく、神様が「こいつは救ってやろう」と決めたからです。

善人が救われない理由
・そこで編集者君に質問です。
設問:最後の審判において、神が救済するのはどんな人か。
→編集者:やっぱり神様がみて「こいつは善人」だと判断した人でしょう。つまり、立派な信仰を持っている人間を救う。
→まったくの不合格だ。いや、それよりも悪い。君は今までの講義をちゃんと理解していたのかね!

・善人になれば救われるという規則がわかっていたら、誰だってその規則を利用しようとするに決まっている。それは、要するに神様を人間が操ることにほかならない。

・神様は人知を超越した存在です。人間には想像もつかない判断の尺度を持っていると考える方が理屈にあっている。したがって、先ほどの設問に対する答えは「どんな人間が救われるかは誰にもわからない」

人間の努力も意思も意味がない!
・カルヴァンの予定説とは次のようなものです。「誰が救われるか救われないかは、その人が生まれるずっと前からきまっている」
・すべては神が予定した通りに起こる。

預言者は「神のラウド・スピーカー」
・ジョン・ミルトンはイギリスではシェイクスピアに次ぐ大文豪ですが、彼は予定説を批判して、「たてい地獄に落とされようと、私はこのような神をどうしても尊敬することはできない」
→しかし、実際、聖書をつぶさに読んでいけば、神は全てを予定しているという教義があちこちにあらわれている。これは立派なキリスト教なのです。

・神が全てを予定していることが、最も端的に現れているのが預言者たちの物語です。
→神が人間にたいして何かのメッセージを伝えたい時に、預言者を任命する。彼らは、誰一人として志願して預言者になったのではない。では、どんな人が預言者にえらばれるか。この基準は全くわからない。人一倍、信仰が篤かったといくのなら、わかりやすいけれども、そうともかぎらない。
→その最たる例が預言者エレミアです。

神はこうやって現れる
・旧約聖書にはエレミアがどのような少年であったか何も書いていません。何か取り柄があったなら、それを書いていたはずですから、どこにでもいる少年だったのでしょう。

・ある日突然、神様が現れてびっくりするような話をする。「わたしはあなたを母の胎内に造る前から あなたを知っていた。母の胎から生まれる前に わたしはあなたを聖別し 諸国民の預言者として立たせた」
→編集者:まさに予言説ですね。
→そのとおりです。神様は何もかも決めている。預言者の選定に関しても、例外ではない。

予言者ほど、つらい仕事はない
・神様から選ばれたから、この少年は幸福な人生を送ったか。
→とんでもない!

予言説の恐るべきパワー
・編集者:しかし、わからないなぁ。なぜ、そんな神様を信仰しようと思うのです。進行しても、自分が救われうるかどうかは、すでに決まっている。しかも、神様は決定を絶対に覆さない。信じたって何のご利益もないではありませんか。
→そう思うのが日本人。真実は逆です。神様が偉ければえらいほどありがたいと考えるのが本当のクリスチャンであり、本当のカルヴァン主義者なのです。

・実際、カルヴァンの予定説をしんじたら、おそろしく信仰熱心になり、神のことが四六時中、頭から離れなくなるほど、熱心な信者になるのです。だから、カルヴァンの思想は燎原の火のごとくヨーロッパに普及した。

救われる人は、どんな人?
・どういう基準で救済されるかはわからないとしても、「結果として」、どのような人が救われているかは、人間の頭でも推定できるのです。

・ここに神様が救済を予定している人がいると仮定して見ましょう。神様から救われるほどの人だったら、きっとキリスト教を信仰するに違いない。永遠の生命を手にいれて、神の国に入るわけですから、神様のことを深く深く尊敬していなければ困る。神の万能を信じ、予定説を信じているはずだという結論がでる。

なぜ、予定説を信じると熱心な信者になるのか
・前にも述べたように、神様の先行条件は絶対にわからない。しかし、救われることになっている人であれば、その人は間違いなく予定説を信じている。

・予定説を信じているのだから、自分が救いの決定を受けている可能性はゼロではない。少なくともカトリックよりは大きいはずだ。そう思えば、心安らぐというものではありませんか。
→「(予定説を信じているのだから)自分はひょっとしたら髪から選ばれた人間なのかもしれない」そう考えると、あまりの光栄に体も震えてくるというものでしょう。

「新人類」が近代をつくった
・どれだけ信仰心を募らせても、果たして救われるかどうかは、結局のところはわかりません。しかし、わからないからこそ、さらに一所懸命に信仰するのです。
→編集者:救われるとわかっていて、努力していたらバカですものね。
→そのとおりです。

・ヨーロッパのプロテスタントはまさに人が変わったようになった。信仰の無限サイクルに入って、昼も夜も片時として信仰が頭から離れることはない。
→こんな人間は、それまでのヨーロッパにはいなかったタイプです。何しろ、それまでのキリスト教徒は聖書さえ読むことがなかったわけですから。

・では、いかにして予定説が近代民主主義や近代資本主義を生む土壌になったのか・・・その話を次回の講義ですることにいたしましょう。

大きな流れ
主権という概念より国王に権力が集中しまさにリヴァイアサンのようになった。そこに、カルヴァンの予定説があらわれ絶対王権をひっくり返すことになる。
カルヴァンの予定説は、加速度的に信仰者の信仰を篤くし、内面も外面も変えてしまうほどであった。
このような人間はそれまでのヨーロッパにいないタイプで、世界史を変えてしまうが、その話は次回。

論点
今回の話はウェーバーの「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」の話の一部のわかりやすい解説ですね。カルヴァンの宗教革命がいかに大きな衝撃を与えたかがわかる章であったとおもいます。
些細な疑問点を挙げるとすれば(本質的な疑問ではありませんが)、予定説を信仰することが救われる人間の必要条件であるというところでしょうか。
本書では「どういう基準で救済されるかはわからないとしても、結果としてどのような人が救われているかは推定できる」とし「神の国に入るのだから神様を深く深く尊敬していなければ困る」として、予定説の信仰をあげます。
とはいえ、神様が何を考えているかなど人の理解をこえているのだから、「尊敬していなければ困る」などという推測は通じないのでは?
ちなみに、今回は宗教にかんする話でしたが小室先生は「日本人のための宗教原論」というこの本の姉妹書をだしており、こちらもおすすめです。興味があれば読んでみてください。

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posted by きょうよくん at 17:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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