2013年01月06日

宮崎哲弥のトーキングヘッズ 小林よしのり

今回は小林よしのりさんによる天皇論に関する動画を取り上げたいと思います。
小林さんはゴーマニズム宣言で有名な漫画家ですね。
最近だとAKB関係でもちょくちょく名前を見かけるかただとおもいます。

今回は最近「憲法」(芦部信喜)でも取り扱いました、天皇制に関する話題です。
動画は50分ぐらいとちょっとながいですが、小林さんの天皇制・皇室に関する考えが詰まっている動画です。

*概要は全文を書き起こしたわけではありません。動画をみる時間がない方や、見返して考えを整理したい方はご利用ください。

番組名:宮崎哲弥のトーキングヘッズ
ゲスト:小林よしのり


概要
宮・・・宮崎哲弥、小・・・小林よしのり

宮:まずこの「天皇論」という本をおかきになったのはどういう動機からか?
小:天皇が日本国の象徴とされており、憲法にも書かれているが、なぜ必要なのか、いらないのではないかというの誰でも思ったことがある。
宮:子供の頃は誰でもおもっていますよね。
小:そう。大人でも答えられない。それに対して答えてみようとおもい書いた。

宮:憲法は事実上GHQが作ったかもしれないが、憲法には天皇は象徴とされている。象徴とは一体どういうことか。保守論壇からは日本は立憲君主制とされており、私もそれは正しいとおもうが小林さんはどのようにお考えですか?
小:天皇は立憲君主だとおもう。
宮:ただ、憲法論として立憲君主、統治論として立憲君主であるけれども、小林さんの本を読むとそれを超えた広がりがあるということですが、そのあたりを教えていただけますか。

小:よく天皇制とか天皇制度とか・・
宮:天皇制というのは、左翼の言い方だから使うべきではないと谷沢永一さんがおっしゃってまして、保守言論会では天皇制度という風にいうのが一般的だとおっしゃってますが、小林さんはそれは違うとおっしゃってますよね
小:天皇制度も天皇制もどう違いがあるのか。どっちもシステムとしていっているんでしょ。むしろ天皇制度の方がわるい言い回しのように思えるが。
宮:本当はどのように言うべきなのか
小:やはり、皇室でいいとおもう。なぜかというと、古代の段階から天皇というのが誕生してきてそれを中心に国がまとまっていくという形になったのは実に自然な歴史の流れの中からなっていくわけですよね。古代においては、権威も権力も両方あった。それが武士が出てきてから権力と権力が分かれてきて、つまり、人工的に、設計主義的に造ったわけではない。
宮:制度というと、個人だか集団だかが何か目的もって造ったように思わせるが、そうではなくて、長い歴史のなかで自然現象のように作り上げられてきたものである、とそういうことですよね。
小:天皇や皇室も(家族の形態のように)変化していくものだと思う。

宮:論者の中には、明治以降の天皇はそれ以前の権力と権威が分離されたものではなくて、天皇親政のようなものであるという見方をしている。歴史的にみるとあそこ(明治期)は、制度的なのではないかという見方もあるのではないかとおもいますが、これについては反論ありますか?
小:みんなそういうふうな見方をする。明治以降は天皇が全てを統率していたと。そんな事実そのものがない。軍部は天皇を利用するが、逆はない。

小:統帥という意味自体が「知らす」という意味で、「知らす」が近代的な言葉ではなかったから統帥という言葉を使った。
小:「知らす」というのは「知る」の尊敬語で「お知りになる」という意味、つまり天皇は軍のことも国民のこともをお知りになるといういみで「知らす」ということ。
宮:直接統治するという意味ではないですよね。
小:そうです。
宮:そうなると、戦前も戦後も天皇の本質的な役割は変わってないということになりますよね。
小:変わっていないです。

宮:戦前の天皇制も特殊だけれども、戦後の天皇制も特殊なのではないかという見方が、保守の側からありますが、これはどうでしょう
小:GHQが入ってきてどうのこうのというけれども、沖縄の問題にせよ、基地を置かないといけないなどの考えは昭和天皇自身がかなりやっている。そのときは、日本の政治機能が麻痺している状態で、本当に日本の政治システムが機能しなくなったときには、天皇というのに国民が付託していくという感覚になることもある。
小:一見、憲法の中だけで考えられているのような天皇の権限が、私はこれだけで済むような話ではないとおもう。だから、共和性とかにするとかという話も、それで済むとはおもわない。
宮:統治構造が崩壊してしまって、政治的な正当性というのが失われてしまって、民主主義のシステムの中でもしかしたら正当というのが出てこない、そういうことは長い歴史の中ではありうること。そういう時に統合の要として天皇というのが出てくる可能性があるのではないかと思う。

宮:民主主義は常に崩壊の危険があって、もし崩壊した時に第二の案がなければいけないのではないのかということを以前書いたことがある。そういうことは、タイなんかでも何度かあった。
小:国王がでてくれば、軍なんかも跪いてなんとか国民を抑える、まとめることができるような、そういうことがありますからね。
小:たとえば、菅直人が首相になっても、誰がなっても権威はたちまちガタ落ちしていくでしょ。海外から見たって、国をまとめている奴はだれなのかわからないほどの状態になってくると思う。そういうときに、日本で誰にあえば認知されるのかとなると、天皇しかないだろうと外国の人間からしてみたらそのようになってしまう。
宮:民主主義の世界の中では政治的な正当性を付与するのはもちろん選挙によって勝ったものに与えられるが、天皇の権威というのはそれを超えたものであって、それは平時においては発現しないんだけれども緊急の自体においてはそこが発現して日本全体が崩壊するいことを防いでいる。そういうことが、見て取れるということですよね。

小:ある意味、憲法によって天皇の影響力を封じ込めているところもあると思う。私利私欲を考えていないような天皇のような存在が、憲法の枠が亡くなった時には、誰もが天皇の言う事しか聞きたくないとか、一番の信頼があつまっていくということだってあり得ると思う。ものすごい大きな宗教になってしまうこともある。それで、古代から天皇とものを法体系の中に組み込むかということを、その時の権力者がそのたびそのたび工夫してきたんじゃないかと思う。
宮:天皇というものを平時においては言葉において封じた。ところが、憲法体系そのものが崩壊するようなときに、初めてその力が発現されて秩序がもどる。そういう話を統治論としてしていいのかもしれないということですよね。

宮:統治の側面、秩序維持の側面から見た天皇ということでしたが、一方で、文化的な側面というのも大きい、伝統文化の中心であるということを漫画家としてどのように考えるか。
小:何をもって日本のアイデンティティをあらわすのか。文化といったら、アイデンティティに関わっている。今、TPPとかで日本の米が危ういと言われている。単に、産業として崩壊するかしないかということ、以外のものを本当は含んでいる。
宮:文化としての米
小:天照大神が瓊瓊杵尊に稲穂を預ける。これで、天下りなさいという。これを天壌無窮の神勅という。もともと瓊瓊杵尊というのは稲穂がにぎにぎしく実っているといういみで、日本には稲穂がにぎにぎしくみのっている、日本はそういう国であると。で、この稲穂を皇室というのはずっと祭祀につかっていく。それが日本の根本的な国柄を表している。これが、日本の文化の始原。
小:だから、米を守るという時に単に産業として考えるような問題ではない。精神性に関わっているところもある。
宮:米を文化としても守っていかないといけいないということ、それは根っこにおいては天皇と関わっているということですね。

小:日本の歴史というものをたどっていくと、結局、元はサルだというのでは話にならないところもある。それで、神話というものを歴史の始原にもってこようという観念から物語をつくるわけじゃないですか。その物語というのは普段意識されないが、潜在意識の低位の中に入り込んでいるというのがある。
小:よく私は天皇の皇位継承の問題で血統のことをいう。私は女系でもいいという立場であるが、保守と呼ばれている人たちがほとんど全員、男系絶対主義者になっている。そのとき、血の問題を考えるときに、どうも私が見たところ、彼らの中に血の優劣思想があるなと思う。
小:つまり、天皇の血は優秀で優劣で言えば国民の方が劣っているという感覚があるんじゃないかと思う。男系絶対主義者のなかには、身障者は事前に産まないようにするべきだという人もいる。
宮:それはまさに優生思想
小:まさにそうで、その感覚が入り込んでいるのではないかとおもう。

宮:天皇の血統ということを考えてきましたが、一般的に考えると天皇の血というものがある種の正当性を担保しているのではないかと考えてしまう。これは、血ではないということですか。
小:血ではないということではない。人々は、素朴にテレビなどで両陛下が身障者を抱きかかえたり、パラリンピックを支援しているというのをみることができる。私はそれがあるから、天皇というものにすごく敬意を払えるんですよ。つまり、それは血の優劣という形ではないでしょ。天皇の血筋が身障者であろうと日本の国民に受け継がれているという物語が共有されている。
宮:国民が天皇の赤子(せきし)であるかぎりは、分け隔てなく接するのが親として当然のことである。そういう物語が基本的にあるということですね。
小:そこが感動的なところで、身障者の施設にいって抱き上げてというのはすごく難しいこと。不思議なことに、天皇陛下がいかれるときには身障者の方からよってくる。
宮:そういう立場を単純に言葉でではなくて、体で備えておられるということ。それが、天皇の神聖性ということでいいのでしょうか。
小:まさにそう。神の血を引いているというフィクションはそれでもいいのだけれども、そこに優劣を持ち込んではいけない。優劣を持ち込んでしまったら、皇族を批判できないということもあるでしょう、で、私は批判する。そこがないと成り立たないと思う。

宮:今上天皇も先の昭和天皇も先ほど言ったような(分け隔てなくという)オーラをもっていたが、歴史を見るとそうではない天皇もいる。これからでてくる天皇が必ずしもそうじゃなかった場合にどう考えれば良いか。
小:血が優秀だからつづくということではなくて、ある種のバランス感覚としての知恵として血統が重視されているんだとおもう。つまり、易姓革命を防ぐということで、歴史の正当性をもたせようという知恵であるとおもう。
宮:私はホントにすごいなとおもったのは、元号によって時代に区分を設けていること。連続性とある種の進歩というのを、両方とも、ときの流れの中で体現していく。そういう側面が天皇にある。
小:たとえば、ある天皇が即位して、その次に年齢がほとんど変わらないような皇族が即位する。そうすると、元号というのはすごく短くなり、ある人の一生を代表するような元号とはならない。
宮:人間のライフタイムと同じ長さの元号、歴史的に見るとほんの数年の年号というのもあるが、少なくとも近代以降はそういう形になっていて、私たちは天皇のライフタイムと自分の人生を照らし合わせて色々考えることができる。これはいい制度だというふうに・・・
小:いい制度だとおもいますよ。

宮:ちょっと先ほどの統治の問題に戻っていきますが、私は官僚制がなぜダメだったかを考えている。私は、最近の官僚制というのがかつてよりダメになっていると思う。それで、前期戦後1970年ぐらいまでの官僚制は意識の中に、なによりもまず天皇を守る、天皇制を中心とする国柄をまもろうとする意識というのがあった。そういう意識が失われてしまって、省益とか私益とかを守ろうとすることがはびこったとおもう。つまり、天皇というのは彼らの意識では、公というものと同じものであった。だから、天皇に奉仕しるという意識が、私益とか省益などを抑えてきたのだと思う。これは実証できているわけではなく、これから実証しようと思う。
小:まさにそうだとおもう。公と国というのはずれる。国あるいは政府というのは利害損得ばかりを考える。だからそれが、パブリックマインドを代表してはいない、公からずれているかもしれない。でも、天皇というのは公からずれてはいけない、国民の安寧を祈る。それが、天皇の役割ですから。
小:だから、天皇の御心を安定させるにはどうすべきか政治家も官僚も考えないといけない。公のことを考えないとならない。というのが、本当は目指すところ。省益や私益を考えるようになったというのは公が失われているということ。

宮:公が失われているというのは政治が低迷しているということだとおもうが、これはどのように立て直したらよいか。
小:私は近代というものを考え直さないといけないとおもう、ギリギリのところに来ていると思う。それは、グローバリズムが入り込んできて、日本のアイデンティティが崩壊してしかけていると思っているから。いい加減にわかったらどうだとおもう。第二次産業のところでいくら工業製品を輸出していってもも、はてしなく底辺への競争だけがしいられていき、賃金は下がっていく一方。なぜわからないのか。
宮:外需だよりの経済ではなくて、内需をもっと増やしていかなければいけない。これを根治しなければ、人心の立て直しも、政治の復活ということもできないということですね。
小:そうです。日本の中の公ということを考えてみても、資本が外に出ていってしまっているし、国内の公ということもどんどん低下していってしまうということでしょ。じゃあ、世界の公というのも、本当は天皇は考えておられますよ。

小:世界の公というのも、本当にグローバリズムでまとまっていくのかというと、まとまるわけがない。
宮:少なくともアングロサクソン型のグローバリズムというのではたぶんないだろうということは、リーマンショック以降明らかになったわけですよね。日本型の資本主義を世界に主張していくためにはどうすればいいのか。
宮:かつて内村鑑三は、日本国の天職・使命というものを考えなければ政治というものはできない。それを考えない政治が続いているから、現状のような混迷になっている。小林さんは、日本国の天職とはなんだとおもいますか?
小:私は坂の上の雲の、さらにその先の坂の上の雲なんかを目指すのはやめろといっている。
宮:もうキャッチアップ型はダメだと
小:だから、坂の下の土地を耕せと、つまり、もういっぺん古代にもどったらどうですかと言っている。つまり、ある種の保護主義をとって、今から世界は、食料とエネルギーと水の争奪戦になるんですよ。だから、いま就職にあぶれているひとも、工業なんかでグローバリズムに入っていくのではなく、もう一度農業をみなおす、まさに、天皇が与えられた稲穂の役割を見直すということから始めたらどうか。

宮:コメの需要が減っていることに関してどのように考えるか。
小:米粉のパンとかもあり、流行もある。どう変化していくかはわからない。
宮:本当は米というものの重要性や美味しさを日本人がわかって需要が増えていくのが理にかなっているとおもう。
小:ほんとにそうだとおもう。ただ、変化しつづけ、いつまた、米を食べ始めるということになるかわからない。
宮:そういう変化する中で、天皇というのが軸であり続ける、軸で有り続けなければならないということですよね。
小:そうですね。

宮:システムとしてだけみても天皇というのは重要なものであるが、戦後教育ではそれが悪いことのようにいわれいる。
小:だから、外国に留学しているひとや外国で働いている人はこういうの(新・天皇論)を読むと目覚めた感動をかってくる。
宮:それは欧米なんかでも、無神論じゃであってもキリスト教という芯があるわけですよ。では、私たちの芯っていったいなんのかというと、仏教ではどうやらない、そうなるとやはり皇室ということに目覚めて行く人たちはいるということなんじゃないですかね。
小:やはり神道的な、自然にかえる感覚ですよね。だから、田畑とか田園風景みたいなもの、例えば、棚田とか全部の自然的なものがつながっているわけじゃないですか、そういうものを破壊していいのか。
宮:単純に効率中心で農業を大規模かしていいのかというと、風景そのものの価値とかもあるということですよね。
小:風景そのものが、日本のすべてのものに神々がやどると考えた、天皇に通じる日本人の宗教観というものにつながっている。

論点
天皇制や皇室をどのように考えたらよいかということでした。最近のほかの記事でも天皇制に触れたことですし、また、知らないことも多く出てきて面白い動画でしたので取り上げさせていただきました。
まず、何よりも大きな論点は天皇制は必要かどうかということでしょう。
このことに関する解答として、
(1)民主主義が崩壊したときなど、緊急時のよりどころとしての天皇制が必要
(2)日本の文化の始原として天皇制を守るべき
(3)官僚制の失敗や政治の低迷を立て直すために必要
(4)日本人の精神的な軸として必要
が動画内で述べられています。一つ一つ検証してみましょう
(1)緊急時のよりどころ
民主主義が崩壊思想になったりした時に、正当性のあるよりどころが必要であり、歴史をみても明治末期にはそのようなことが起きていた、あるいは、戦後直後も天皇が拠り所になっていたという話があるらしいです。また、現代でもタイなどをみても、暴動でどうにもこうにもならない時に国王が現れると収まるという話もありました。
民主主義の崩壊時の統合の要として、何か国民をまとめる要が必要という論点は私には希薄でしたし面白い論点だとおもいます。
ただ、その要として天皇をあげるのはどうなのでしょう。正当性、正当性といってその源泉は血統やあるいは脈々とつづく歴史であると考えているようですが、権威を受け取る側が正当性を感じないと従わない。
タイでの話や、歴史的な話で正当性があって天皇あるいは国王のもとにまとまったというのは、何が条件としてそろっていてうまくいったのか。
それが、伝統というならば、伝統主義が希薄であれば意味をなさないのか。
小林さんは、「今の」天皇をみて、感動を感じる、憲法で押さえ込まなければ、とてつもない宗教となるかもしれないとおっしゃってますが、私にはまったくそんな実感はありません。
あるいは、そこに正当性を感じない国民が多いことが問題で、天皇に敬意を持つような教育がなされるべきということでしょうか?それはそれで、設計主義的ですが、うまくいくのかどうか。

(2)日本の文化の始原
始原がどの程度、我々に影響を及ぼしているかはわかりませんが、歴史上古事記や神話などがある程度の影響をあたえ、文化や精神性に入り込んできているのはそうだと思います。
始原であるから守るべきというのも、そこまで自明ではないとおもいますが、ともかく、だから「象徴天皇制」というのはどういうことでしょうか。
文化の始原であるから「象徴」にすべきだというのはどういうことか。あるいは、もっと違うことを述べているのか。

(3)公=天皇
戦後前期の官僚制の成功からその失敗までに、「天皇=公を守るため」という意識の変化があったというのは、私には確認できないのでとりあえず、そうであったと仮定します。
では、今、政治の低迷をどうにかするために、そういう意識を頼ることができるのか。
教育によってそのように刷り込ませることで解決できるというような話なのか。
一方で、天皇が公というのは、どういうことなのか。
国民の平和安寧を祈っていて、脈々と続いていたら公なのか。身障者施設で身障者を抱き上げるのが難しいなどと全く感じませんが、今の天皇に何かオーラがあるとしても、そのような個人を公であるべき(?)と考えるのは、どうなのか。

(4)日本人の精神的な軸として
まさに憲法に言う日本国民の統合の象徴ということでしょう。
まず、軸が必要なのかどうか。次に、必要だとすればそれは天皇なのか。精神性の「軸」のようなものを設計主義的に設定することに意味があるのか。

このように書くと、私が天皇制に反対しているように取られそうですが、疑問点や論点を書いているだけですので、誤解の無いようにお願いいたします。

この動画に関しては以上です。
*間違いや動画・論点に関するご意見があればコメント欄にておねがいします。また、取り上げて欲しい動画などもあればよろしくご示唆いただければ、参考に致します。

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posted by きょうよくん at 16:37| Comment(2) | TrackBack(0) | 動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白い動画でした^^
天皇制に興味があるので、ほかにも参考になる動画あれば取り上げてください!
Posted by at 2013年01月10日 16:15
コメントありがとうございます。
天皇制に関しては私も興味をもっていますので、また他の動画を取り上げる機会もあるかと思います。
ぜひまたご視聴くださいよろしくお願いいたします。

管理人
Posted by 管理人 at 2013年01月11日 15:04
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