2012年12月28日

日本人のための憲法原論 小室直樹(1)

さて、先日アナウンスしましたように政治に関する本を取り扱うことに致します。まとめ易さや前提知識の量、情報量などを勘案した結果
「日本人のための憲法原論」小室直樹(集英社インターナショナル)
を取り上げることに致します。憲法原論とあるだけに憲法の話が中心となりますが、そこから社会の問題、政治の問題へと広がる著書でありますし、「政治」のカテゴリとして取り扱うことに致します。
小室直樹先生は私の好きな学者・評論家であり、その弟子には宮台真司さんなどがおります。
小室先生の本は、総じて理解しやすく、また、機知に富んでいて、それでいて新しい視点を与えてくれるものが多いと思います。
今回取り上げる本も、憲法学というおどろおどろしいものがメインテーマですが、口語で編集者との対話形式で語られており、また、かなり平易に書かれていますので法律の勉強をしたことがなくても理解は難しくないように思います。
また、最近であれば、「国防軍」や「憲法改正」など話題になっていて、その点においても今まさに読み直しておきたい本といえると思います。
では、早速一章をまとめていきたいと思います。
*この本は2001年に出版されたものであり、「最近」などの単語はその当時を指していることに注意してください。

日本人のための憲法原論

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第一章 日本国憲法は死んでいる
概要
あなたは護憲派?改憲派?
・少し前の日本では護憲一本槍という風潮が非常に強かったことはみなさんもご記憶でしょう。
→しかし、世界情勢の変化が生まれたりしたこともあり「我々日本人も憲法についてもう一度論じてみようじゃないか」という雰囲気が起きてきました。
→憲法第9条だけではなく、いろんな広がりもみせています。

・そうした流れを受け手私が呼ばれたというわけですね?
→編集者:それで、どうです?先生は憲法改正はなんでしょう?
→これだから編集者というは。私が、社会科学を研究しているのは気の利いた「意見」を言うためではありません。学問は本来議論の前提となるものを提供するためにあるのですよ。

・だから、この本では護憲だの会見だのといった話はありません。そんなことよりずっと大切なことを読者の皆さんにお伝えしたいと思っています。

日本の憲法は生きているか
・読者を代表して、編集者に質問します。
[設問1]日本国憲法は生きているか、死んでいるか?
→編集者:先生なにをいっているのですか?憲法が廃止されたなんて話聞いたことありませんよ。
→つまり、あなたは、日本国憲法が序文として、存在し廃止されてない以上「憲法は生きている」と考えるわけですね。
→憲法以外の法律ならそれは間違えではありません。

殺されたワイマール憲法
・ところが憲法は違います。廃止されてなくても死んでしまうことがあります。
・その最たる例は、ドイツのワイマール憲法でしょう。

・ワイマール憲法は非常に先進的な内容で評価が高かった。
→ところが、あっさり死んでしまいます。その下手人がヒトラーです。
→といっても、ヒトラーは憲法を廃止していないのです。首相に就任したのも憲法規定に基づいた合法的なことであり。この時はまだワイマール憲法は生きていたと言えるでしょう。

・ワイマール憲法は1933年3月23日、全権委任法が可決されたときに死にました。
→全権委任法は立法権を政府にすべて与えるというものでした。

・憲法学者は「全権委任法はワイマール憲法違反だから無効である」とは考えない。
→憲法の専門家は「1933年3月23日にワイマール憲法は死んだ」と考える。

憲法とは慣習法である
・このワイマール憲法の例が示唆しているのはとても大事なことです。それは硬い言い方をすれば「憲法は成文法ではなく、本質的に慣習法である」という事実です。
→だいじなのは法の文面ではなく、慣習にあるのです。
→つまりたとえ憲法が廃止されなくても、憲法の精神が無視されているのであれば、その憲法は本質的に効力を失った、つまり「死んでいる」と見るのが憲法学の考え方なのです。

・編集者:なるほど、要するに憲法というのは「ひ弱な生き物」なんですね。憲法が「死んでいる」国は沢山ありそうですね。中国の憲法にも立派な人権規定がありらしいし。
→憲法が死ぬことは決して珍しいことではない、例えば、アメリカだった、昔は憲法が死んでいたのです。

アメリカ憲法は「欠陥憲法」だった!
・アメリカ人たちは「アメリカ憲法は世界最古の成文憲法だ」と威張っています。しかし、憲法の制定当時、生きていたかといえば、これは大いに疑問です。

・フィラデルフィアでの独立宣言に述べられている建国の精神が、どれだけ当時のアメリカで実現していたかといえば、これはまことに疑わしい。
→万民に人権があると独立宣言で述べておきながら、その権利を保障する章典がないのですから、呆れるしかありません。
→当時の憲法には信仰の自由も、言論の自由も明記されていなかった。「欠陥憲法」だったと言ってもいいほどです。

・つまり、合衆国憲法はお世辞にも「生きている」とはいえない状態でした。
→このことは先住民「インディアン」が白人にどんな仕打ちを受けたかをみれば、すぐにわかります。

黒人奴隷を持っていた建国の父たち
・さらに、黒人奴隷問題があります。
→みなさんは、黒人奴隷はアメリカ建国以前からいたという印象を持っているかもしれません。しかし、それは大きな勘違いです。
→実はアメリカの奴隷制度は合衆国が建国されてから、ますます盛んになったのです。

・奴隷制度は南北戦争後に撤廃されるわけですが、それでアメリカで黒人差別がなくなったか。答えは「ノー」です。

・アメリカでは1970年になってもなお「万人が平等である」とは言えない状態でした。そのアメリカの憲法ははたして「生きて」いたのでしょうか?
→編集者:たしかに、先住民や黒人奴隷については問題ですが、当時の人種意識は今と違うのですから、アメリカ憲法ばかり責めるのはどうかと思いますが・・・
→ずいぶんアメリカの肩をもちますね。では、次の様は例はどうでしょう。

ゴールド・ラッシュの恐るべき真相
・これは「人類の星の時間」という短編集に収録されている実話です。

・1834年アメリカに移住してきたドイツ人ヨーハン・アウグトス・スーダーは、カルフォルニアで一所懸命に努力し、農園経営に成功します。
→1848年1月、ズーターの使っている大工が彼の農場で砂金を発見し、調べてみると、農場の中を流れている運河にたくさんの紗季ンが眠っていることがわかった。
→彼は固く口止めしていたにもかかわらず、あっというまに知れ渡ってしまい、関係ない人々が黄金目当てにアメリカ各地から、彼の農場めがけて殺到した。
→その連中はズーターの所有地を、あっという間に不法に選挙し、しだいに街が作られていくことになったのです。その町の名前は、サン・フランシスコ。

・サンフランシスコはもともとズーターの私有地を不法占拠して造った町だったのです。

アメリカには民主主義がなかった
・1850年、彼は裁判に訴えました。
→ズーターの要求はどこからみても文句のつけようがありません。実際彼の要求はすべて裁判所で認められました。
・かくして、今度こそ彼は「世界最高の富豪」になるはずでした。しかし、そうはならなかった。

・判決を聞いたサンフランシスコの住民はすなわち不法占拠者たちが暴動をおこしたのです。
→ズーアターは全財産を略奪され、家族を殺されてしまいました。

・この大暴動に、ときのアメリカ政府はどう対応したか。
→サンフランシスコは彼の所有物であることを裁判所が認めた事。そして彼の家族におきたことはれっきとした殺人事件です。
→しかし、アメリカ政府はなにもしてくれなかった。
→建国から、半世紀以上経ってもなお、アメリカには法も秩序もなかった。
→19世紀後半において、アメリカの憲法は「死んでいた」のです。

なぜ、日本の憲法議論は不毛なのか
・ただ、公平のために記せば、アメリカの憲法は制定から100年経っても、けっして生きているとは言えない状況でしたが、その後のアメリカ国民の努力によって生命をふきこまれました。アメリカ人はいろいろな努力を積み重ねてきた。

・どんなに立派な独立宣言があり、憲法の条文があっても、それが慣習としてていちゃくしていなければ、その憲法はただの紙切れです。憲法を生かすも殺すも、結局は国民しだいということです。

・憲法学の場合、憲法の条文をいちいち解説すればすむ問題ではありません。生きているのか、死んでいるのかをチェックすることそそが本当の役目といても過言ではありません。
→日本の憲法学者からそのような話を聞いたことがありません。

・今、日本で改憲・護憲のいろんな議論がおこなわれていますが、もし、日本国憲法が死んでいるとすれば、護憲も改憲もあったものではありません。

憲法死んで、国滅ぶ
・したがって、私がこれから行う講義では、「はたして日本国憲法は生きているのか、死んでいるのか」が議論の中心になります。
→編集者:先生は結局「日本の憲法は死んでいる」とお考えのように思えてならないんですが。
→そのとおり!私の見るところ、日本国憲法はすでにしんでいます。もはや現代日本には民主主義もなければ、それどころか資本主義もない。日本国には憲法はない!

・編集者:日本の憲法は死んでいるんですか・・・・(溜め息)
→、現代の日本は空前の不況になやまされていますが、これも憲法が死んでいるからこそ起こっていることです。憲法が死んでいるために、ダメージを受けているのは経済ばかりではない。

・では、いったいどうすれば、日本の憲法は蘇るのか。それを知るには憲法学を学ぶことです。そもそも憲法とは何か、民主主義とは何かを知る。そのうえで、いつどのようにして日本の憲法が死んだか、そして誰が憲法を殺したかを追求しなければなりません。このことをじっくり検討していくうちに、読者の目の前におのずから「どうすれば憲法は蘇るか」という答えが見えてくるはずです。

大きな流れ
憲法は廃止されなくても、死ぬことはある。「憲法は成文法ではなく、本質的に慣習法」であり、憲法の精神が定着していなければ、「死んでいる」といえる。また、国民の努力次第で蘇ることもある。
日本の憲法が死んでいるという前提では、護憲も改憲も議論の意味をなさず、また、その前提は正しいと考える。
どうすれば、日本の憲法がよみがえるのかを憲法学をまなぶことで探していく。

論点
具体的にはどのように関連するかは今後の議論を見る必要がありますが、憲法の問題が社会に結びついているということがふれられていますね。興味深い記述だとおもいます。
ここでは二点だけ論点を与えたいとおもいます。
・当時の人種意識
黒人奴隷の話が出てきた際に、編集者が「当時の人種意識は今と違うが」という話をしています。この回答としてゴールドラッシュの話をあげます。つまり「ほかにもこんなことがあった、とても民主主義の国とはいえない」と答えます。
私はこの回答が、先ほどの問に真正面から解答しているようには思えません。当時の人種意識はどのようなものと考察でき、また、当時の人種意識をどのように検討に用いるのか(つまり、当時当たり前なら許されるのか等々)にかんして、どのように考えたらいいでしょうか。

・日本の憲法
今後の議論の展開を先取りしてしまいますが、今(2012年)「日本の憲法はしんでいるのか」。
皆様はどのように考えますでしょうか。

一章に関しては以上です。
*間違いや疑問点、関連する考え、あるいはまとめ方のご示唆などがあればコメント欄にてお願いします。
posted by きょうよくん at 17:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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